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時間旅行の世紀 第七章

(26)

ケンは、数年前に出会った時に在籍していた東京商船大学を中退して、横須賀の港湾施設で働いていたそうだ。

「兄さん、煙のようにいなくなっちまってよお」 酔いが廻ってきたのか、何度も同じ話を繰り返す。

当時の横須賀は、米兵や愚連隊による喧嘩が絶えず、ひどく治安が悪かったらしい。

僕がケンとその時代の横須賀にいた時は、夜間に外出しなかったから、あくまで聞いた話ではあるが・・・
港湾荷役の労働者には荒くれ者が多く、週末の夜になると喧嘩相手を探して、どぶ板通りに繰り出したとのこと。

「何が喧嘩相手を探してだよ? 女を探しての間違いだろ?
女を米兵に奪われて、あぶれた男達がテメエの力を誇示するために喧嘩を吹っかけてるってことじゃねえのか?」

僕の指摘にケンは「さすがは兄さん、読みが深い」と感心した様子。僕も悪い気分じゃない。

「そこで兄さんに相談なんだが・・・」

1973年に起こったオイル・ショックで、トイレットペーパーが不足する狂乱のドキュメンタリーをヒストリー・チャンネルで観たことがある。

今がその時、ケンは、米兵と港湾荷役のコネクションを使って、トイレットペーパーで一儲けすることを企んでいた。

「港湾荷役のバックのヤクザ者は岡崎が何とかする。兄さんは米兵と交渉してくれ。英語しゃべれるんだろ?」

「何で、そう思うんだよ?」

「兄さんみたいな垢抜けた人で、頭の回転も速い奴は決まって英語が話せる。ワシの勘に狂いはない」

何だか自信満々だな、コイツ。もっとも、自信のない奴と組んで何かをすることは出来ない。

ただ、多くの自信家は、世間知らずのドリーマーだ。
コイツの自信の裏付けが何なのか、知っておく必要がある。話はそれからだ。

「ところで、朝までいるつもりか? アパートに彼女、一人なんだろ?」

「アパートにいる彼女は一人。だが、ワシの彼女は他にもおるねん」

何、言ってやがるんだ? この黒縁メガネは。

「あら、先生」 化粧の濃い女が、僕を先生と呼んだ。

見るとケイコだった。たしか、キャバレー「ロンドン」で歌い手をしていた圭子だ。

「大先生がケンちゃんのお友達だったって本当だったのね」

どうでもいいけど、大先生だとか、ヨイショされるのが気持ち悪いんだけど・・・

「私も歌いたかったな。先生の Nineteen」

(27)

聞けば聞くほどミステリーだ。

確かに僕は “Nineteen” という曲を作った。だが、それは 2015年に発表する予定の未来の曲だ。

「あれは確か、十九歳だったね。愛することは、とても簡単に思えた」

彼女の美声は、確かにその曲をくちずさんでいた。
こちらこそ、貴方に歌って頂きたい。僕のかすれた声より、はるかに素晴らしい。

“Nineteen” は昨年、彩夏(さやか)とかいう女性シンガーが歌って大ヒットしたらしい。

「今やレコード大賞だもんね。先生、すごい出世よね」

吹き出しそうになった。レコード大賞? んなモン、まだ、あったのか?

いや、待てよ。

今、僕がいる時代は歌謡曲が華やかしかり頃で・・・
当時はレコード大賞を獲得することが日本中の歌手の夢だったって、おばあちゃんが言ってたな。

「で・・・君は、どうしてるんだい?歌は続けてるのか?」

「知ってるでしょ。田岡とのこと。彩夏に乗りかえたのよ、アイツ」

実際には知らないが、想像はつく。
もともと僕がいた業界の話だから、リアルに聞こえる。

言い方は悪いけど、女性シンガーなんて、そんなものだ。

「彩夏は田岡にベッタリで、弟まで杯を交わしたそうよ」

彩夏って売春婦の弟が暴力団員になったってことか。どうでもいいや。

「その後、先生が失踪したって聞いたから、東京湾に沈められたかもって心配してたのよ」

そうかい。ニヤニヤしながら、心配するなよ。

ケンが席を立った。

圭子のおしゃべりが止まらないことに退屈した様子だ。

田岡と別れた後、東京を離れ、横須賀の場末に落ち着いた圭子は、米兵や港湾労働者を相手に歌を続けていたそうだ。

ケンとは、そこで知り合ったのだろう。

「ここだけの話。ケンは、私を都合のいい女と思ってるんだろうけど、私にとってもアイツは都合がいいの」

互いのアパートに帰れば、それぞれにボーイフレンドやガールフレンドが待ってるけど、ここでは恋人同士でいられる。

二人は、そもそも似たもの同士で、内と外で違う顔を持つことで自由を得る、新しいタイプの生き方を模索する同志でもあるのだという。

そうかい。興味深いけど、俺には関係のない話だ。

(28)

1920年代、シベリア(ロシア)

革命による混乱がロシアの大地を覆っていた。

ソビエト社会主義共和国連邦に対し、共産主義の拡大を阻止すべく、米英などの大国が干渉していた。

満州での権益を狙う日本も、それに便乗する形でシベリアに軍を派遣していた。国際貢献なんて言ってるけど、実際、そんなことだろう。

僕、猫田光(Hikaru Nekota)の曽祖父にあたる熊吉(Kumakichi)も日本軍の中尉として、イルクーツクの治安維持にあたっていた。

「もう嫌だ。こんな退屈な戦争。早く国に帰りたい」

熊吉は、やぶ蚊に刺された腕をかきむしった。

シベリアの夏は暑い。

冬の間、大地を覆っていた雪が溶けると、今度は蚊が大量発生する。
シャワーの代わりに川で身体を洗う。すると、よけいに蚊の集団が襲ってくる。

隣で寝ているセルゲイが咳き込みながら屁をこいた。

「何さらすんじゃ、貴様!」

セルゲイは追加でもう一発、熊吉に向けて屁を放った。今度は顔面に直撃だ。

「臭い屁じゃのう。キサマ、いったい何を食っとるんじゃ?」

その頃、イルクーツクとモスクワの中間地点にあたるオムスクでは、革命軍(ソ連軍)とチェコ・スロバキア軍との間で激しい戦闘が行われていた。

チェコ・スロバキア軍は、もともと、オーストリア・ハンガリー帝国からの独立を目指すレジスタンスであった。

第一次世界大戦が始まるとハプスブルグ家と敵対する帝政ロシアは、彼らを国内に迎え入れた。
ところが、大戦の最中に起こったロシア革命で、皇帝・ニコライ2世とその家族が銃殺され、300年続いたロマノフ朝の歴史に幕が下ろされた。

世界初の共産主義国家を樹立したソ連は、ドイツやオーストリア・ハンガリーと講和し、戦線を離脱。

チェコ・スロバキア軍は、ロシアに残されたまま宙に浮いた存在になっていた。

ソ連は、帝政ロシアが迎え入れたチェコ・スロバキア軍を革命の敵と見なし、攻撃を仕掛けてきた。
本国からも反体制勢力と見なされていたチェコ・スロバキア軍は生き残りを賭け、ゲリラ戦の準備をしていた。

同じ頃、オムスクに旧帝政派の軍人が集結し、イギリスの支援を得て、軍事政権を打ち立てた。

もちろん、ソ連がオムスク政権を認めるわけはなく、進軍を開始。

混乱に乗じたチェコ・スロバキア軍は、ロシア中央銀行カザフ支店を襲い、金塊を強奪して、オムスクへ向かった。

その途上で両者が遭遇し、激しい戦闘が行われたのだった。

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時間旅行の世紀 第六章

(23)

「ブルジョワの追放なくして革命は終わらない。そのためには武装蜂起もやむなし」

レーニンの扇動により決行された十一月革命によって、ソビエトという名称を冠した国が誕生した。

いわゆるブルジョワ層にあたるマリアの一家は、身の安全のため、遠く離れたシベリアの地に移住することになった。

やがて、ソビエトが否定する反体制派の芸術家たちもやって来て、イルクーツク郊外の寒村は芸術家村に生まれ変わった。

芸術家村の夏の短い夜が明けようとしていた。

足の悪いアナスタシアだが、まだ26歳。女としての人生を放棄するには早すぎる。

そういえば、彼女の夫のセルゲイは、イルクーツクで日本軍の捕虜になっているらしい。

日本軍? そう・・・この時期、革命後の内戦による治安の乱れを正すための国際貢献という名目で、日本軍によるシベリア出兵が行われていた。

日本は、先の日露戦争での勝利の結果、朝鮮(現在の韓国と北朝鮮)における権益を確保した。

ところが当時、ロシアの支配下にあった満州(現在の中国東北部)のハルビンを元内閣総理大臣の伊藤博文が訪問した際、鉄道駅で韓国人青年に暗殺された。
この事件を口実に日本は、朝鮮を併合。事実上の植民地とした。

さらに第一次世界大戦でドイツの植民地であった青島(チンタオ)を攻略すると、その勢力を満州からシベリアにまで広げようとしていた。

しかし、そのセルゲイは怒るだろうな・・・
留守中に子供を手なずけ、妻と夜を明かす外国人の存在を知ったら、気が狂うかもな・・・

彼の立場になれば、あまりに非情な現実だと思う。

しかし、悲惨な運命は僕だって同じだ。
あるいは、それ以上かもしれない。

こっちは捕虜と違って、戦争が終ったところで帰るアテなんてないんだ。他人の不幸に同情する余裕なんてない。
だいたい、夫だとか妻だとか、人間を勝手に所有物にするなよ。

「罪を犯せば罰を受ける。でも、罪を犯さなくても罰を受ける」

どのみち、それが僕の人生だ。

(24)

浜百合が咲いているところを見ると、どうやら、僕は、海に来ているらしい・・・

悪い夢を見ているようだった。

うなされて、目覚めると・・・

「少しは良くなったかな?」

見覚えあるような・・・ないような女性が訊いてきた。

おそらく、また時間旅行に連れ出されてるんだろう。

「ここは何処?」と訊いてみると、彼女は「横浜」と答えた。

「もうすぐ帰ってくるから、待ってて」

誰が帰ってくるんだ? なんとなく想像つくけどね・・・

ヨーグルトで栄養補給しながら、ぼんやりしていると

「おう、帰ったぞ」と黒縁メガネをかけた男が部屋に入ってきた。

「ああ、やっぱり」と思いながらも、その男の名前が出てこない。
センスのないメガネで老けて見えるが、二十歳そこそこだろう。確か・・・ケンだったっけ?

2011年のNo Smoking Hotelの地下室で出会い、昭和の東京から横須賀まで旅したアイツだ。

でも、あの時はメガネなんて、かけてなかったけど・・・ まあ、いい。

「浮浪者にしちゃ若いし、身なりもいいから、誰かと思ったら、兄さんでさあ」

どうやら、夜の海岸で気絶していた僕をアパートまで運んでくれたようだ。

「パパ、そろそろ行かないと」

同居の女性に促され、彼は洒落た服に着替え、何故か僕も、土曜の夜の街へ繰り出すことになった。

(25)

米軍キャンプ跡地にあるナイトクラブで今夜、Dance Party があるらしい。

この二人も数ヶ月前に、ここで知り合ったそうだ。まあ、昭和の青春ってやつか・・・

自由にタバコが吸えるのはいいんだけど、人が多すぎて、落ち着かない。
21世紀の世界でも、夜遊びが好きじゃない僕は、すぐに居心地が悪くなってきた。

でも、アルゼンチン・タンゴとか、切なくも情熱的な音楽には惹かれるものがある。

ケンが友達を連れてきた。

「お久しぶりです」 確か・・・ キャバレーでボーイをしてたオカザキだ。

この数年間、何があったのか訊きたかったが、この雰囲気では、じっくり話をするのも難しい。
まあ、どうでもいいんだけど・・・

夜11時あたりに、ケンのガールフレンドは家路についたが、他の連中は帰る気配がない。

彼が送りに行くと言った時、僕も一緒に脱出したかったのだが・・・

「すぐ戻るから、待っててくれ」と言われ、タイミングを逸してしまった。

僕は、夜が好きだ。

暗闇に揺れるキャンドルの炎を見つめながら、静かにワインを飲むのが好きだ。

でも、居酒屋とかクラブとかカラオケでワイワイするのは好きじゃない。
だって、人々は酔っ払い、まともに話しも出来ない。一言でいえば「くだらない」

夜の街では、心を落ち着けるために「軽く」飲むことは難しい。

僕は表向き、社交的な人間であるが・・・ 酒に酔って、いい加減な人間関係を築くのは嫌だ。

特に友人(知り合い)にキャバクラなんぞに誘われるなんて冗談じゃない。何の関わりもない初対面の女と話すことなんてない。

それで癒されるとか言う奴をいちいち否定しないが・・・
30歳前後の男性が集まると「ノー」と言うことが、変なことのように思われるから不思議だ。

話が脱線してしまったが、正直、ひょんなことで知り合った遊び人風の連中と朝まで飲むなんて無理だ。

もっと若ければ、自分の知らない世界への興味もあったかもしれないが・・・
世界中を旅して磨耗した心には、それが小さなことに思える。

何とか帰る口実を考えていた。

でも・・・ 何処へ帰ればいいんだ?

何処でもいい、2011年に帰らなきゃ。このままじゃヤバイ。仕事だって、たくさん抱えてるんだ。
2011年が無理なら、1920年代のロシアでもいいか・・・

でも・・・ どうやって?

今まで何となく、時代を行き来してきたけど、その仕組みがわからないんじゃ、どうしようもない。

時間旅行の世紀 第五章

(19)

「今日はレーニン気球の記念日でしょ」 少女(幼女)が無邪気な口調で語りかけた。

「レーニン気球の記念日」 のどかなロシアの田舎に、そんなものが打ち上げられるのか?

少女の名はマリア。

ペトログラード(現在のサンクトペテルブルグ)郊外の生まれだが、革命の戦火を逃れて、家族と共に移住してきたと言う。

この辺りは芸術家村と呼ばれ、変わり者の上流階級出身者のダーチャ(別荘)が集まる。

豊かな水をたたえた川の澄んだ流れ。蚊が多いことが不快なことを除けば、穏やかで陽気な人々が夏を過ごす避暑地といったところか。

しかし、2011年のホテルに戻ったはずが、今度はロシア革命のシベリアに飛ばされるとは・・・
しかも季節は夏。カレンダーにも狂いが生じてきたようだ。

今回は、もう帰れないかもしれないと思った。ただ、そんなに悪い気分じゃない。
何というか、神に選ばれたような気分だった。それぐらい、この芸術家村の居心地は良かった。

マリアの家に案内されると・・・
両親の親戚や友人らが昼間からフレンチ・カンカンを踊りながら!僕を迎え入れてくれた。

「さあ、1999年のダンスを踊りましょう!」

マリアの叔母にあたるソフィアが僕を誘う。って何? 1999年のダンス?

1920年代では、世紀末に世界が終るという伝説があり、とりわけ芸術村の住人は、それを信じていた。
というか・・・ 何かと理由をつけては、ベルエポックなデカダンスを踊り尽くそうとしていた。

マリアを抱っこしながら、ソフィアと手を取り「1999年のダンス」を踊った。

「そういえば両親は?」 マリアに訊ねると、ゆったりとチェアでくつろぐ女性のもとに駆けていった。

彼女の名はアナスタシアといい、美しいが、足がやや不自由なようだった。

「パパは?」と訊くとマリアは、窓から遠くに見える森を指差して、無垢な微笑みを浮かべた。

(20)

マリアに手を取られて、川のほとりを歩いた。

太陽に照らされた水面、のどかな夏の香りが辺りに充満している。

突然、どこからか音響の悪いスピーカーを通じて、ロシア語のアナウンスがあり、しばらくすると、多くの人が川のほとりに座りはじめた。

人々は気球の打ち上げを見るために集まっていた。

青年団による演奏が行われている間に、ソフィアやアナスタシアたちもやって来た。
今日は、レーニン同志が未遂に終わった第一次革命を起こしてから十数年目の記念日なのだそうだ。

レーニンは、僕の尊敬する歴史上の人物の一人だ。

今後、元の世界に戻れたなら、最高の旅行だったと言えるんだけどな・・・ だって、時空を超えて歴史を目撃するんだぜ!

でも、僕の心は曇っていた。もう帰れる気がしない。

こちらも悪くないんだけど、向こうの世界に残してきた人や仕事のことも気になる。

向こうでは、子供の頃からの夢だったワールド・ツアーの真っ最中だったんだ。おまけに日本では父が倒れて、入院していた。

帰れる保障があるなら、この芸術家村の夏を満喫したい。ただ、心残りや心配事を抱えていては充分に楽しめない。
上手くスイッチの切り替えが出来れば良いのだが・・・ 僕は、そんなに器用じゃない。

真夏のサンタクロースがやって来て、子供たちにプレゼントを配り始める。

当然、マリアも大はしゃぎ!

「夏の間、サンタは何処にいるの?」

「ソ連の中さ」

「じゃあ、冬は?」

「ソ連から世界中の子供たちのもとに行くのさ」

マリアとサンタのやり取りを聞きながら、僕は煙草に火をつけた。

息を深く吸ってから、大きなため息をついた。

夏の憂鬱は、僕を Another World へ運ぼうとしている。
ちょっと可笑しくなりながら・・・ 僕は、ソ連の夏を楽しみはじめていた。

(21)

やがて、太陽は疲れた表情を見せ、日差しもだいぶ弱くなってきた。

そよ風に吹かれながら、たまたま横にいたソフィアとキスした。
数年後には、成長したマリアと、こうしているのかもな・・・ と思いながら。

日没が迫っているようでいて、太陽は沈まない。白夜の中、朱色に染まった川面が小さく波打つ。

森の茂みから、大きな気球が打ち上げられた。

正面にはレーニンの肖像画が描かれており、それに向かって、青年団が「レーニン同志、万歳!」を連呼する。

芸術家村の人々も歓声を上げるが、手にはビールやウオッカの瓶を持っていたり、煙草を吸っていたりで・・・
どうも共産主義革命を祝っているムードではない。

多少、拍子抜けしながら、2011年にカメラを置き忘れてきたことを悔やんだ。

マリアに至ってはケーキを食べるのに夢中で・・・
レーニン気球も、さながら平和なピクニックの余興といったところか。

共産党の独裁体制が強化されるのは、この後、スターリンの時代に血の粛清を行ってからだったっけ。
それに芸術家村の人々は主に上流階級の出身で、革命の敵とされるブルジョワ層だったよな。

しばらく空を泳いだ後、気球は、対岸の森の奥へ消えて行った。

面白かったけど、期待していたほどじゃなかったな・・・ と思った、その時、対岸の森から火の手が上がっているのが見えた。

まさか墜落したか・・・ 

只事ではないことが起こっていたのは確かだったが、人々は心配そうではありながらも、対岸の火事を楽しんでいるようにも見えた。

山火事が広がっていく様を眺めながら、マリアたちは家路についた。

さも当然のように、僕も泊めてもらうことになった。

2時間くらいしかない夜の間、マリアの母であるアナスタシアと語り合った。

足の不自由な人ではあるが、夜の帳は彼女に艶やかな色気を与える。

ワインを飲みながら、彼女の昔の恋物語を聞いていた。
それで気になったのが、セルゲイという彼女の夫が何故、帰って来ないのかということだ。

(22)

夜 瞼は下がり 僕はキャンドルの火を消す。
終わりのない時間の道を古い時計が追うだけ。

カーテンを開くだけで、月光が・・・
彼女の深い悲しみと情熱の炎が部屋を満たす。

短い夜だから・・・
それを、夢のような賛歌として感受するのだ。

月よ、海の女主人よ・・・
貴方は地球の表面を滑り、考えの及ばない思想に光を与え、哀しみと恐れを奪う。

そこには、たくさんの砂漠が、柔らかな処女の光の下で煌(きらめ)いている。
そして、たくさんの木々が影を覆い、小川が光り輝いている!

軍隊とは、果てしない孤独という海を航海する時、貴方が思うままにできる大波の名だ。

眩い罪の中で、あるいは庭園、宮殿や古き城の中で・・・ 貴方は、自身の開かれた見解に魔法の力を吹き込むのか?

乞食に、どんな明日が待ち受けるのか考える暇も与えず、一人の王の計画がこの地球を1世紀以上も捕え続ける。

運命のサイコロは、人を異なる地位や道に割り当てねばならない。
弱かろうが強かろうが、無知であろうが賢かろうが、誰しも死神による同じ命令と光線を浴びるのだ。

人はみな情熱に仕え、奴隷は永遠である。

ある者は鏡に見入り・・・
ある者は真実を求め、それを世界の空間と時間の中に見出そうと願っている。

時間旅行の世紀 第四章

(14)

民宿のオヤジに「彼によろしく伝えてくれ」と頼むと僕は、横須賀線の上り列車に飛び乗った。

都内に戻ると(僕にとって)この時代での最初の場所がある浅草へ向かった。

とは言っても、クリスマスの日に、彼の後について来ただけなので、どこから地上へ出たのか、記憶が曖昧だった。

「あれ?この間の兄さんじゃないですか?」

見知らぬ少年から声をかけられ、振り向くと僕は、瞬間的に「岡崎くん?」と訊ねていた。

「ああ、ワシの名前、ご存知でしたか」

少年は、やはり、彼が話していたオカザキであった。

しかしながら、その「彼」の名を僕は、まだ知らない。あ!確か「ケン」とか言ってたっけな・・・

岡崎は、想像していたよりも真面目そうに見える。

画家を目指しているそうだが、普通にサラリーマンをする方が似合うんじゃないかといった具合の雰囲気だった。

そんな岡崎がヤクザと関わりがあるなんて、見た目からは想像できない。
映画館でアルバイトをするうちに関わりを持つようになったらしい。

現在は、美術関係の大学への進学を目指して浪人中とのこと。

話が長くなりそうだったので、僕は、単刀直入に「この間の場所」まで案内してくれるよう頼んだ。

すると、「いいんですか?」と言いながら、僕を「ロンドン」というキャバレーまで連れて行った。

そこには見覚えのある風景があった。

「Cherry」という聞き慣れないタバコを吸って、むせ返った場所だ。

ところで、岡崎は映画館を辞めた後、ここ、キャバレー「ロンドン」で呼び込み兼ウエイターのバイトをするようになったと言う。

つまり、この展開は・・・
僕が、岡崎からキャッチされて、キャバレーで遊ぶオッサンになるってことか?

一瞬、ためらったが仕方ない。

これしか、もといた No smoking hotel に帰れる可能性はないのだから。
まあ、2011年へ戻れるなら、別に No smoking hotel でなくても良いのだが・・・

(15)

キャバレー「ロンドン」

いかにもベタな名前だ。
何というか・・・英国の首都に失礼だろう? もちろん、ここには英国人なんて一人もいない。

タバコの煙で霞んだ、ケバケバしい店内を見渡すと、随分、賑わってる様子だ。

派手な照明に生バンドが奏でるスタンダード・ジャズ。
まあ、いろんな意味で本物だなと思う。

僕の席を担当するウエイターとして、岡崎がやって来た。

ヘネシーのボトルをオーダーすると
「この店で一番、上等な女をつけますよ」と耳打ちして、立ち去った。

ほどなくして、ケイコという女が、僕の隣に席に座った。

「あら、珍しいタバコね。洋モク?」

僕が愛煙するメビウスは、この時代には存在していないのだから、まあ、勘違いするのも無理もない。

説明するのも面倒なので、適当な話をしながら、もと来た扉の場所を探っていた。

クリスマスの日にジングルベルに誘われて、開けた扉の場所を。

しかし、営業中の店内は、人がごった返していて、よくわからない。

「トイレに行く」と告げると、そのケイコという女が案内してくれた。

用を足しながら、確か・・・厨房の裏手だったことを思い出した。
そうだ。あの時は、地下にあるレストランだとか思い込んでたっけ・・・

トイレを出た右手に厨房があることは確認した。
問題は、どうやって厨房の中を抜けて、奥の扉へ出るかだ。

とりあえずは、席に戻ってから考えるとしよう。

こういう時、頼んでもないのに横にいるホステスというのが、うざく感じる。
別にケイコが悪いワケではないのだが、何となしにする会話は正直、苦痛だ。

僕が退屈してるのを察してか、岡崎が
「女の子、チェンジしましょうか?」と訊ねてきた。

「別にいいよ。それより、厨房へ案内してくれないか?」

「・・・閉店後なら」と言うので

「じゃあ、僕は、君の友達で、コックの見習いをしたいんだって、店長さんに言っといて」
と心にもない提案をした。

「はい・・・」
渋々ながら、返事をすると、岡崎は「気をつけて下さいね」と言って、立ち去った。

(16)

10分後、また岡崎がやって来た。

ケイコに指名が入ったので、僕につくホステスをチェンジするとの事だ。

「いいよ、別に。ちょっと一人で飲みたいし」

キャバレーで一人飲みしてる僕のことを、他の客が嘲笑している空気を感じる。
「バーじゃあるまいに」とでも言いたいのだろう。

確かに変だけど・・・間もなく、この時代から消える身としては、どうでもいい。

ただ、前方から、単なる嘲笑とは違う視線を感じた。少なくとも好意的なものではない。

僕は、目を逸らさず、その視線の先を真っすぐ見つめ返した。

「あちらの方がお呼びです」

岡崎に案内され、鋭い視線を送ってきたグループのテーブルへ向かった。

「どうぞ、お座り下さい」

リーダーらしき初老の男が穏やかに着席を促すと、強面の男達が僕を取り囲むように起立する。

明らかにヤクザ組織の面々と思われる輪の中で、酒を飲まなければならなくなった。

初老の男の左横に座り、タバコに火をつけると、この状況をどこかで楽しんでいる自分がいた。

いざとなりゃ、思いっきり暴れて、どさくさ紛れに厨房の奥の扉から脱出しよう。
そう考えると、一人酒しながら、いろいろ考えるより、かえって気が楽になった。

見ると、さっきのケイコが寄り添うように初老の男の右隣に座っていた。

さて・・・ 面白くなってきやがった。

「アンタ、オレを呼んだ理由は何よ?」

僕が問いかけると、強面の男達が一斉に立ち上がる。
初老の男は、それを制して、名刺を差し出した。

「神戸芸能 代表取締役」の田岡・・・か。
って、やっぱり誰だ、アンタ? オレをスカウトしようとしてるようには見えないが・・・

「いや、こいつは、いい歌い手でね」

ケイコは、間もなく神戸芸能に所属する歌手としてデビューすることになるそうだ。

だったら、何でキャバレーなんかで働いてやがる?
心の中で、そう呟いたが、そんなことは今のオレには関係ない。

「君、ナリが垢抜けてるね。音楽やってそうだけど、曲とか作るの?」

田岡は、僕の長い髪と変わった服装を見て、何かしらの興味を持ったようだ。

「こいつが、さっき、ちょっと影のある、お客についたって言うもんだからね」

Ho! まさか、昭和歌謡の世界にデビューかよ? ・・・くだらねえ。

(17)

圭子(ケイコ)は中学卒業後、いわゆる集団就職で上京し、繊維工場で働いていたそうだ。

そこで知り合った男がギターの流しをするのに便乗し、場末の酒場で歌い始めたという。
そんな中、たどり着いたキャバレー「ロンドン」での歌唱を認められ、現在、デビューに向け準備しているとの事。

そんな話を半信半疑で聞いていると、田岡がやや真剣な面持ちで切り出した。

「自作の曲を収録したデモテープを郵送するか、ここの岡崎に渡すか、してくれ」

こちらは、まるで興味ないのだが・・・

圭子のデビューにあたり、作詞・作曲をする人材を探しているらしい。
と言ったって、まともな会社であれば、作家の方から応募がありそうなものだけど・・・

「あの・・・コックやりながらでも、いいですか?」

「・・・料理に興味があるのかい?」

田岡は、僕のロン毛を眺めながら、不可解そうに訊いてきた。

「ええ・・・まあ、音楽は趣味みたいなモンですから」

つーか、僕は早く、厨房の奥の扉を開けたいだけなんだけど。

田岡は、岡崎を呼び、僕を厨房へ案内するように言った。

田岡は「ロンドン」で店長よりも上の立場にあたる総支配人だったらしい。

ともあれ、岡崎に厨房を案内してもらうフリをしながら、奥にある扉を発見することが出来た。

もちろん、料理長の話など、上の空だ。

さて・・・ 行くとするか。

岡崎とは暗黙の了解で、その扉から脱出した。

すると・・・ やはり、あの階段があった。

間違いない。

ここを上れば、2011年のNo smoking hotelに戻れるはずだ。

周囲を這い回るドブネズミのことなど、今は気にならない。

岡崎に軽く手を振ると、僕は、21世紀へ続く階段を登った。

(18)

長い、長い階段をおよそ15分、登ると大きな壁の穴が見えてきた。

そう、僕が開けてしまった壁の穴だ。

忍び足で、穴の向こうに侵入する。

まるで泥棒にでもなった気分だ。
いや、実際に一般人の目からは泥棒に見えることだろう。

幸い部屋には誰もいない。

だが、僕の荷物はすでに撤去されている。

それもそうだ。すでにチェックアウトの日は過ぎているんだから・・・
おそらく、ホテルのフロントで預かっているのだろう。

部屋を出ると、壁の穴に対する賠償金は覚悟の上で、エレベーターに乗った。
フロントのある2Fのボタンを押し、扉が閉まると、エレベーターは、ゆっくりと降下をはじめた。

しかし、いくら最上階からでも、5分は長すぎる。

故障かな? ここでは、たまに、あることだけど・・・ 閉じ込められたら、たまらない。

そっちの心配もあったが、心の奥底では、もう一つの懸念が芽生え始めていた。

「まさかと思うが・・・」

今さら、もう驚かないが・・・ 一つだけ予想に反したことがあった。

エレベーターのたどり着いた先・・・ そこは、遠い昔の東京ではなかった。

時間旅行の世紀 第三章 

(10)

「Cherry」 聞き慣れないパッケージのタバコだな・・・

彼に勧められたタバコに火をつけ、肺に吸い込んだ。

「ゲッ」 何だ、これは?

「旦那の口には合わんかのう」

そりゃ、そうだ。パッケージのニコチン表示を見ると18%って書いてあるじゃねえか!

まあ・・・ それでも、お返しに、僕のタバコを彼に勧めた。
僕が愛煙する銘柄は、ニコチン、わずか1%のメンソールだ。

「ハッカか?それに、これ、タバコかい?」

怪訝そうに訊く彼を、逆に僕の方が怪訝に感じた。

そんなマイナーなタバコじゃないんだけど・・・少なくとも、日本では。

そーか・・・ 彼は、欧州に住む日系人か何か、なのかもな。

ともあれ、一服、終えると彼は歩き出した。
よく、わからないが、彼の向かう方向に続くと、ある異変に気がついた。

・・・おかしい。ホテルにチェックインした時と街の風景が違っている。

看板も、英語でもキリル文字でもなく、日本語だらけだ。
こんなところに「リトル・トーキョー」なんて、あったっけ?

だいたい何で、この男は、俺を連れているんだ?
今まで、慌しくて、訊けなかった疑問が、ふつふつと沸いてきた。

「そういえば・・・」と言いかけた時・・・
「走るぞ!」と言うなり、ダッシュを始める彼の後ろを、意味もわからず、追いかけた。

そもそも、何処へ向かって、どれくらい走らなきゃならないかも解からないから、ひどく疲れる。

少なくとも、5分は走っただろうか? 気がつくと・・・何やら、怪しげな路地裏に入り込んでいた。

(11)

これ以上、コイツのペースに乗せられると、何か悪いことが起きる気がする。

「オマエ、誰なんだよ?」

僕が唐突に訊ねると、一呼吸、置いて、まじまじと僕の顔を見つめる。

ちょっとイラッときた。「俺の顔に何か付いてんのか?」

「いや・・・綺麗な顔だ」 何だ、いったい? 奴はゲイかい?

「傷ひとつない。随分、回復、早いんだな?」

何のことだ? さっきは、壁を殴りつけたわけで、俺が殴られたわけじゃない。

月明かりを頼りに彼の顔をよく見ると、頬のあたりが腫れている。

「でも・・・強えんだな、あんた」 本当に何のことだ?

「だってよ・・・ ヤクザ者相手に、あんな立ち回りするなんざ、あんた、何者だい?」

逆に質問してきやがった。

どうやら、彼は、ヤクザと何か揉めていたらしい。
そこに、僕が助太刀して、一緒にヤクザ共をぶっ飛ばしたそうだ。

だから、今、こうして逃げているって・・・ 冗談じゃねえぞ。
何の因果で、こんなワケわかんねえ奴と逃亡しなきゃならねえんだ?

「オマエ、家どこよ?」

「深川」と答えた彼に苛立って、少し強く訊ねた。

「日本の家じゃねえよ。今、住んでるとこは、どこかって訊いてんだ!」

かなり怪訝そうに、彼は、ボソッと再び「深川」と言った。

一瞬、時間が止まったような重たい空気が流れ・・・ 僕は悟った。

彼は、嘘は言ってない。

なぜなら、ここは東京の何処かなのだから・・・

僕が今、何故、東京にいるのかは全くわからない。

「ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る」 数人の酔っ払いが歌いながら、通り過ぎる。

少なくとも、カレンダーは狂っていないようだ。頭の中を整理するのは、ひとまず落ち着いてからにしよう。

ジングルベルに、街が浮き足立った夜・・・ 互いに、まだ名前も名乗っていない男が二人、深川へ向かっていた。

(12)

殺風景な部屋だった。

3畳ほどのスペースに、ちゃぶ台があるだけの部屋。それをさらに狭くしてるのが、窓際の勉強机だった。

机の上を見れば、彼が、何かを勉強している学生さん?であることが想像できる。

そのことは、あえて訊かずに本題に入った。

どうやら、例のヤクザ者との関係は、一緒に上京した少年つながりだったようだ。

オカザキという、その少年は、もともと優しい性格だったが、東京に出てきてから、すっかり変わってしまったらしい。
彼は、オカザキ君を助けるために、浅草へ行き、そこでヤクザ者と揉めることになったとの事だ。

「浅草だったのか・・・」

理由は依然として不明であるが・・・
東欧のホテルの地下へ続く階段の向こうに、昭和の時代の浅草があったということか。

それは面白い。もしも、帰れるアテがあるならな。

彼は、岡崎という少年に絵の才能があったことなど話していたが、僕は「その前に自己紹介しろよ」と思いながら、聞いていた。

「で、その岡崎って奴は信用できんのか?このアパートの場所も知ってるんだろ?」

僕の問いかけには答えず、彼は、たいして多くない荷物をまとめ始めた。

何とか荷物を大きなボストンバック一つにまとめると、唐突に頼んできた。

「これ、持ってくれ」

「ふざけんな。自分の荷物くらい、自分で持てよ」

「すまんが、ワシは、あの机を運ぶから」

訊くと、窓際の勉強机は初秋の頃、田舎の父親が贈ってきたものだから・・・と照れくさそうに答えた。

柄にもなく・・・と思ったが、案外、この男は悪い奴じゃないのかもな。

部屋を出る前に、彼は一言「ありがとうございました」と置き手紙をして、ドアを閉めた。

「静かに。他の部屋の人、寝てるから」

念のため、東京駅ではなく、品川駅から始発に乗ろうということになり、僕らは真夜中の湾岸エリアを歩き続けた。

「もう26日か・・・ 今年のクリスマスも終わりだな」 

そう彼が呟くと、僕は、21世紀の遠い国から来たことを思い出した。

不安と怒りが入り混じった感情が交差したが、別に彼を責めたって、どうにかなるわけでもない。

品川駅から、僕らは、東海道線ではなく、横須賀線に乗った。

横須賀で降りると、とりあえず、海沿いの民宿に泊まることにした。

机を抱えた彼を見て、宿の主人は不可解な顔をしていたが、特に文句を言う様子はなかった。
それどころか、チェックアウトまで、机を預かってくれると言ってくれた。

「おもてなし」の心か・・・ この数年間、1年の半分近くを海外で過ごしていた僕には、心に染み入る気遣いだ。

(13)

翌日は、みぞれ混じりの雨だった。

仕事を探しに横須賀市内へ出たが、年末のせいか、なかなか取り合ってもらえなかった。
それでも、彼は、あきらめずにアルバイト募集の貼り紙のある店や工場を廻っていた。

僕はと言えば・・・ 途中で疲れて、一服している次第である。
もっと言えば・・・ ぼんやり、煙草を吸いながら、頭の中を整理しているところだ。

街を行きかう人々は、忙しげに年越しの準備をしているようだ。
もっとも、僕だって、意味もわからず忙しい。少なくとも頭の中は。

それにしても・・・ 路上で喫煙してても、何も言われないのは心地良い。

僕が暮らしていた21世紀の日本では、街の中心部で自由にタバコなんて吸えない。

所々、喫煙所が設けられてはいるが、狭い空間に人と煙と充満していて、どうも好きになれない。
さながら、ニコチンへの渇望を満たすための公衆便所といったところで、とても考え事をするムードではない。

それに比べて、どうだろう。
(僕にとっては新鮮な)昭和の師走の風景と共に一服する心地良さは・・・

2本目のタバコに火をつけると、ようやく少し冷静になれた。

彼が悪い奴ではないことは、何となく理解できる。

しかしだ。親子でもない限り、通常、人間関係は Give and Take で成り立っているものだと僕は思う。
この数年間に起こった出来事が、僕をそういう考えに導いた。つまり、悟ったって感じかな。

そうだ、彼からは何も受け取っていない。

・・・帰ろう。昨日、3日分の宿泊費を払ったんだから、(彼は)あと2日間は、宿にいられるはずだ。

別に見捨てるわけじゃないし、そんな義理もない。
それに僕は、もといた場所に戻る必要があるんじゃないのか?

時間旅行の世紀 第二章 

(7)

にゃん!僕、猫田ヒカルには・・・このタイプの傾向があると言えます。

正義感が強く、欠点を正すことに全力を注ぐ熱血漢。

道徳的・信頼に足る・建設的な考え・賢い・公正・正直・努力を惜しまない・責任感が強い。

世界を変えることに情熱を注ぐ完璧主義者。

ステロタイプ・イメージにおけるドイツ人のような気質。

自分の欠点を改めるために努力する。

物事が、きちんとしていないと、イライラする。

時間の浪費と思われることをしたり、付き合ったりすることを好まない。

他の人よりも取り越し苦労で、心配性だ。

人の道に外れたことはしたくないと思う。

する事がたくさんあるのに時間が足りず、いつも急き立てられている。

自分はどのように時間を使ったか、細かくチェックしてしまう。

悪いことは、どうしても許せないと、すぐ思い込んでしまう。

物事が公正でないと悩み、当惑する。

向上心が強く、もっと向上しなければいけないと思っている。

しばしば、欲求不満に駆られる。この自分も、まだ完全ではないからだ。

(8)

やるせない 気持ちのまま 時だけが 流れてゆく
・・・どうか 奈落の底へ 堕として

2011年 粉雪が舞うクリスマス・イブ

広場のクリスマス・マーケットで温かいグリュー・ワインを飲みながら、僕は、煙草に火をつけた。

青い目をした女の子が、ぎゅっと僕の腕にしがみつき、名もなき楽団の奏でる賛美歌に耳を傾ける。

教会の鐘の音にさえぎられながらも、僕らは、聖夜へ向かう夕暮れ時を楽しんでいた。

・・・と言うより、楽しまなくてはならないという強迫観念が、僕の頭を支配していた。

若くして成功を収め、ヨーロッパで悠々自適の日々。僕は、ここで、夢のような暮らしを手に入れたはずだった。

なのに、満たされない想いが胸を詰まらせる。いつも、何かに焦り、怒っている自分がいる。

25日は欧米の習慣で、人々は家族と過ごすことになる。

僕は独り、とある国のNo Smoking Hotelにいた。

今時、喫煙可能なホテルなんて、ほとんど存在しないんだから・・・禁煙ルールは無視するしかない。

僕は、優雅に煙草をくゆらせながらでないと、この原稿を書けない。音楽も作れない。まず、生きてる気がしない。

権力は、社会や経済が危機に陥ると魔女狩りのような、くだらない規制を強める傾向があるようだ。

少数派を排除することで、多数派である愚かな大衆の不満を和らげる。
これ、大衆支配の基本ナリ。YAY! 大学で歴史を学んだ “Me” には、わかるぞ。

そういえば、世界初の禁煙国家はナチス・ドイツだったよな?
戦況が悪化すると、禁煙ファシズムはユダヤ人という少数派を新たな魔女に仕立て上げたっけ。

20世紀、世界恐慌の時代の米国には、禁酒法もあったんだよな。
現代でも、フェイスブックなんかは、アルコールについての話題を多くの人にリーチさせないようにしてるけどな。

まったく・・・ No Smoking Hotelのせいで、どうでも良いこと考えちまったじゃねえか。

ますます、イラッときた僕は・・・

“Here is No Smoking Hotel” との注意書きが貼ってある壁を殴りつけた。

確かに、思いっきり殴った。
・・・が、しかし、僕は(ボクシングの)マニー・パッキャオでもクリチコ兄弟でもない。

音を立てて、崩れ落ちる壁には、人が通れるほどの大きな穴が開いていた。

ホテルへの賠償金を心配しながら、恐る恐る、開けてしまった穴の向こうを見た。

すると、何か階段のようなものが見える。

(9)

この安ホテルは昔、刑務所か何かだったらしい。

この階段は、その当時の名残りなのかもしれない。

ちょっとした好奇心から、階段を下りてみる。

ずいぶん、下ってみたが、まだ続きがあるようだ。

そろそろ、引き返そうかと思っていた時、ジンクルベルの Melody が、はるか下の方から聴こえてきた。
何やら、怪しげな Party が地下室で行われているのかもな?

もう15分は階段を下っただろうか?
ジングルベルは、たいぶ、はっきり聴こえる。もう、すぐだ。

ようやく、古びた扉を一つ、見つけた。

開けるべきか、このまま引き返すべきか、一瞬、迷ったが・・・迷いは、ほんの数秒だった。

“Nothing to lose” どうせ、失くすものなんて何もない。僕の人生なんて、ロクなもんじゃないんだから。

心を決めて、開けた地下室の扉の奥は・・・ ドブネズミが這い回る、奈落の底だった。

慌てて、引き返そうとしたが、扉が、とても重く感じられる。

「おう、こっちだ。早くしろ」

振り返ると、黒いスーツの日本人と思われる男が立っていた。

状況を理解する余裕もなく、その男の後をついて、走った。
走りながら、奈落の底が、レストラン厨房ウラのゴミ捨て場だったらしいことは、理解した。

非常階段から、ようやく地上に脱出すると、男が「吸うか?」と言いながら、タバコを差し出してきた。

時間旅行の世紀 第一章

(4)

降り注ぐ光の向こうに・・・
はじめて Rock’n’Rollを聴いた、少年の僕がいた。

思えば、運にも恵まれていた。

少年は10代半ばでロックバンドのボーカリストとしてデビューすることになり、他の学生たちにはない大人びた雰囲気と憂いをまとい成長していった。

しかし、良いことばかりではないのが人生だ。

高校を1年で辞め、親とも疎遠になっていた少年には厳しい現実が待っていた。

デビューしたものの食べれずに・・・
18歳と嘘をついて運送屋で助手のバイトしてた時のこと。

何で免許、持ってないんだ?と同僚のオッサンに訊かれた。
プロなのに何でバイトしてんだ?とバカにされながら過ごした季節。

余裕がない時に、悪いことは続くものだ。

家賃が払えず、アパートを追い出され、ホームレスに。
実際は知人の家を泊まり歩いて、雨風はしのいでいたが・・・

ぬくぬくと親の庇護を受けて生活していたら、決して、わからない(親の)ありがたみ。

同世代にそんなこと話しても、彼らの興味は女の子とか、別なところにあって聞く耳なし。
大人に話せば、んなのアタリマエだろ?と相手にされない孤独・・・

最後は、やはり父が守ってくれた。

大検を取って、大学へ進学することを条件に生活の面倒を見てくれると言う。
数年前なら、ふざけんな!だった条件だが、窮乏生活を経た僕には渡りに船だった。

受験勉強なんて、負けたって死ぬわけじゃない。
生活や生命の心配なしに高いモチベーションで勉強できる幸せ。
あ!これ、アフガニスタンの少女、マララさんなら、わかってくれそうだな。平穏に勉学に励む、これ以上の幸せはない。

(5)

さて、そろそろ本題に入るとしよう。

2011年の春、まだ若かった父が入院することになった。

その時ですら、僕は、こう思っていた。
「神は乗り越えられる試練しか、人に与えない」

そして、降り注ぐトラブルにさえ、神のご加護を信じていた。

人生は簡単じゃない。

数多くの不条理の上に積み上げられた現実。
それと、どう向き合い、打ち負かすかが僕の人生だ。

不条理に対してさえ、アホらしいくらい楽しめる。
タフで能天気な僕がいた。

僕の父、KENZO は・・・
原子爆弾による焼け跡から復興しつつあった広島で生まれた。

彼の父(僕の祖父)は一命は取り留めたものの、重度の原爆症に悩まされていた。

そう、あのヒロシマだ。

(6)

1945年8月6日

ヒロシマに投下された原子爆弾は瞬く間に 20万人以上の命を奪い、さらに多くの人間の皮膚や髪を焼き尽くした。

KENZO(憲三)は、被爆者の父と文盲の母の間に生まれた農家の次男だ。

彼に原爆そのものについての記憶はない。
しかし、周り近所の大人たちが原爆の後遺症に苦しみ、地獄へ堕ちて行く様を横目で見ながら、少年期を過ごした。

ある日、彼は父に訊ねた。
「何でアメリカはドイツには原爆を落とさなかったの?」

父は答えた
「ドイツに落としたら人権問題になるけえ、黄色いサルを実験台にしたんじゃ」

「ワシらは人間じゃのうてサルなんかい?」

憲三の問いかけに、父は黙って空をにらんでいた。

戦後、10年が経ち「もはや戦後ではない」と日本政府が宣言しても、なお・・・
ヒロシマの街は、覚せい剤中毒者や愚連隊であふれ、後にヤクザの本拠地となり得る地盤を確実に築いていた。

憲三ら当時のヒロシマの子供たちは・・・

チョン(朝鮮人)、チャンコロ(中国人)、ロスケ(ロシア人)と言いながら・・・
旧大日本帝国の勢力下にあった国から移住してきた人々を蔑み・・・ 憎悪と暴力の中で育った。

異なる意見を持った日本人同士でも憎しみは増幅し、報復に対する報復は、やがて愚連隊を暴力団へと変貌させた。

東京ではオリンピック招致で浮かれムードになっているというのに、ヒロシマだけが未だ戦後のままであった。