時間旅行の世紀 第七章

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ケンは、数年前に出会った時に在籍していた東京商船大学を中退して、横須賀の港湾施設で働いていたそうだ。

「兄さん、煙のようにいなくなっちまってよお」 酔いが廻ってきたのか、何度も同じ話を繰り返す。

当時の横須賀は、米兵や愚連隊による喧嘩が絶えず、ひどく治安が悪かったらしい。

僕がケンとその時代の横須賀にいた時は、夜間に外出しなかったから、あくまで聞いた話ではあるが・・・
港湾荷役の労働者には荒くれ者が多く、週末の夜になると喧嘩相手を探して、どぶ板通りに繰り出したとのこと。

「何が喧嘩相手を探してだよ? 女を探しての間違いだろ?
女を米兵に奪われて、あぶれた男達がテメエの力を誇示するために喧嘩を吹っかけてるってことじゃねえのか?」

僕の指摘にケンは「さすがは兄さん、読みが深い」と感心した様子。僕も悪い気分じゃない。

「そこで兄さんに相談なんだが・・・」

1973年に起こったオイル・ショックで、トイレットペーパーが不足する狂乱のドキュメンタリーをヒストリー・チャンネルで観たことがある。

今がその時、ケンは、米兵と港湾荷役のコネクションを使って、トイレットペーパーで一儲けすることを企んでいた。

「港湾荷役のバックのヤクザ者は岡崎が何とかする。兄さんは米兵と交渉してくれ。英語しゃべれるんだろ?」

「何で、そう思うんだよ?」

「兄さんみたいな垢抜けた人で、頭の回転も速い奴は決まって英語が話せる。ワシの勘に狂いはない」

何だか自信満々だな、コイツ。もっとも、自信のない奴と組んで何かをすることは出来ない。

ただ、多くの自信家は、世間知らずのドリーマーだ。
コイツの自信の裏付けが何なのか、知っておく必要がある。話はそれからだ。

「ところで、朝までいるつもりか? アパートに彼女、一人なんだろ?」

「アパートにいる彼女は一人。だが、ワシの彼女は他にもおるねん」

何、言ってやがるんだ? この黒縁メガネは。

「あら、先生」 化粧の濃い女が、僕を先生と呼んだ。

見るとケイコだった。たしか、キャバレー「ロンドン」で歌い手をしていた圭子だ。

「大先生がケンちゃんのお友達だったって本当だったのね」

どうでもいいけど、大先生だとか、ヨイショされるのが気持ち悪いんだけど・・・

「私も歌いたかったな。先生の Nineteen」

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聞けば聞くほどミステリーだ。

確かに僕は “Nineteen” という曲を作った。だが、それは 2015年に発表する予定の未来の曲だ。

「あれは確か、十九歳だったね。愛することは、とても簡単に思えた」

彼女の美声は、確かにその曲をくちずさんでいた。
こちらこそ、貴方に歌って頂きたい。僕のかすれた声より、はるかに素晴らしい。

“Nineteen” は昨年、彩夏(さやか)とかいう女性シンガーが歌って大ヒットしたらしい。

「今やレコード大賞だもんね。先生、すごい出世よね」

吹き出しそうになった。レコード大賞? んなモン、まだ、あったのか?

いや、待てよ。

今、僕がいる時代は歌謡曲が華やかしかり頃で・・・
当時はレコード大賞を獲得することが日本中の歌手の夢だったって、おばあちゃんが言ってたな。

「で・・・君は、どうしてるんだい?歌は続けてるのか?」

「知ってるでしょ。田岡とのこと。彩夏に乗りかえたのよ、アイツ」

実際には知らないが、想像はつく。
もともと僕がいた業界の話だから、リアルに聞こえる。

言い方は悪いけど、女性シンガーなんて、そんなものだ。

「彩夏は田岡にベッタリで、弟まで杯を交わしたそうよ」

彩夏って売春婦の弟が暴力団員になったってことか。どうでもいいや。

「その後、先生が失踪したって聞いたから、東京湾に沈められたかもって心配してたのよ」

そうかい。ニヤニヤしながら、心配するなよ。

ケンが席を立った。

圭子のおしゃべりが止まらないことに退屈した様子だ。

田岡と別れた後、東京を離れ、横須賀の場末に落ち着いた圭子は、米兵や港湾労働者を相手に歌を続けていたそうだ。

ケンとは、そこで知り合ったのだろう。

「ここだけの話。ケンは、私を都合のいい女と思ってるんだろうけど、私にとってもアイツは都合がいいの」

互いのアパートに帰れば、それぞれにボーイフレンドやガールフレンドが待ってるけど、ここでは恋人同士でいられる。

二人は、そもそも似たもの同士で、内と外で違う顔を持つことで自由を得る、新しいタイプの生き方を模索する同志でもあるのだという。

そうかい。興味深いけど、俺には関係のない話だ。

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1920年代、シベリア(ロシア)

革命による混乱がロシアの大地を覆っていた。

ソビエト社会主義共和国連邦に対し、共産主義の拡大を阻止すべく、米英などの大国が干渉していた。

満州での権益を狙う日本も、それに便乗する形でシベリアに軍を派遣していた。国際貢献なんて言ってるけど、実際、そんなことだろう。

僕、猫田光(Hikaru Nekota)の曽祖父にあたる熊吉(Kumakichi)も日本軍の中尉として、イルクーツクの治安維持にあたっていた。

「もう嫌だ。こんな退屈な戦争。早く国に帰りたい」

熊吉は、やぶ蚊に刺された腕をかきむしった。

シベリアの夏は暑い。

冬の間、大地を覆っていた雪が溶けると、今度は蚊が大量発生する。
シャワーの代わりに川で身体を洗う。すると、よけいに蚊の集団が襲ってくる。

隣で寝ているセルゲイが咳き込みながら屁をこいた。

「何さらすんじゃ、貴様!」

セルゲイは追加でもう一発、熊吉に向けて屁を放った。今度は顔面に直撃だ。

「臭い屁じゃのう。キサマ、いったい何を食っとるんじゃ?」

その頃、イルクーツクとモスクワの中間地点にあたるオムスクでは、革命軍(ソ連軍)とチェコ・スロバキア軍との間で激しい戦闘が行われていた。

チェコ・スロバキア軍は、もともと、オーストリア・ハンガリー帝国からの独立を目指すレジスタンスであった。

第一次世界大戦が始まるとハプスブルグ家と敵対する帝政ロシアは、彼らを国内に迎え入れた。
ところが、大戦の最中に起こったロシア革命で、皇帝・ニコライ2世とその家族が銃殺され、300年続いたロマノフ朝の歴史に幕が下ろされた。

世界初の共産主義国家を樹立したソ連は、ドイツやオーストリア・ハンガリーと講和し、戦線を離脱。

チェコ・スロバキア軍は、ロシアに残されたまま宙に浮いた存在になっていた。

ソ連は、帝政ロシアが迎え入れたチェコ・スロバキア軍を革命の敵と見なし、攻撃を仕掛けてきた。
本国からも反体制勢力と見なされていたチェコ・スロバキア軍は生き残りを賭け、ゲリラ戦の準備をしていた。

同じ頃、オムスクに旧帝政派の軍人が集結し、イギリスの支援を得て、軍事政権を打ち立てた。

もちろん、ソ連がオムスク政権を認めるわけはなく、進軍を開始。

混乱に乗じたチェコ・スロバキア軍は、ロシア中央銀行カザフ支店を襲い、金塊を強奪して、オムスクへ向かった。

その途上で両者が遭遇し、激しい戦闘が行われたのだった。

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