時間旅行の世紀 第四章

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民宿のオヤジに「彼によろしく伝えてくれ」と頼むと僕は、横須賀線の上り列車に飛び乗った。

都内に戻ると(僕にとって)この時代での最初の場所がある浅草へ向かった。

とは言っても、クリスマスの日に、彼の後について来ただけなので、どこから地上へ出たのか、記憶が曖昧だった。

「あれ?この間の兄さんじゃないですか?」

見知らぬ少年から声をかけられ、振り向くと僕は、瞬間的に「岡崎くん?」と訊ねていた。

「ああ、ワシの名前、ご存知でしたか」

少年は、やはり、彼が話していたオカザキであった。

しかしながら、その「彼」の名を僕は、まだ知らない。あ!確か「ケン」とか言ってたっけな・・・

岡崎は、想像していたよりも真面目そうに見える。

画家を目指しているそうだが、普通にサラリーマンをする方が似合うんじゃないかといった具合の雰囲気だった。

そんな岡崎がヤクザと関わりがあるなんて、見た目からは想像できない。
映画館でアルバイトをするうちに関わりを持つようになったらしい。

現在は、美術関係の大学への進学を目指して浪人中とのこと。

話が長くなりそうだったので、僕は、単刀直入に「この間の場所」まで案内してくれるよう頼んだ。

すると、「いいんですか?」と言いながら、僕を「ロンドン」というキャバレーまで連れて行った。

そこには見覚えのある風景があった。

「Cherry」という聞き慣れないタバコを吸って、むせ返った場所だ。

ところで、岡崎は映画館を辞めた後、ここ、キャバレー「ロンドン」で呼び込み兼ウエイターのバイトをするようになったと言う。

つまり、この展開は・・・
僕が、岡崎からキャッチされて、キャバレーで遊ぶオッサンになるってことか?

一瞬、ためらったが仕方ない。

これしか、もといた No smoking hotel に帰れる可能性はないのだから。
まあ、2011年へ戻れるなら、別に No smoking hotel でなくても良いのだが・・・

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キャバレー「ロンドン」

いかにもベタな名前だ。
何というか・・・英国の首都に失礼だろう? もちろん、ここには英国人なんて一人もいない。

タバコの煙で霞んだ、ケバケバしい店内を見渡すと、随分、賑わってる様子だ。

派手な照明に生バンドが奏でるスタンダード・ジャズ。
まあ、いろんな意味で本物だなと思う。

僕の席を担当するウエイターとして、岡崎がやって来た。

ヘネシーのボトルをオーダーすると
「この店で一番、上等な女をつけますよ」と耳打ちして、立ち去った。

ほどなくして、ケイコという女が、僕の隣に席に座った。

「あら、珍しいタバコね。洋モク?」

僕が愛煙するメビウスは、この時代には存在していないのだから、まあ、勘違いするのも無理もない。

説明するのも面倒なので、適当な話をしながら、もと来た扉の場所を探っていた。

クリスマスの日にジングルベルに誘われて、開けた扉の場所を。

しかし、営業中の店内は、人がごった返していて、よくわからない。

「トイレに行く」と告げると、そのケイコという女が案内してくれた。

用を足しながら、確か・・・厨房の裏手だったことを思い出した。
そうだ。あの時は、地下にあるレストランだとか思い込んでたっけ・・・

トイレを出た右手に厨房があることは確認した。
問題は、どうやって厨房の中を抜けて、奥の扉へ出るかだ。

とりあえずは、席に戻ってから考えるとしよう。

こういう時、頼んでもないのに横にいるホステスというのが、うざく感じる。
別にケイコが悪いワケではないのだが、何となしにする会話は正直、苦痛だ。

僕が退屈してるのを察してか、岡崎が
「女の子、チェンジしましょうか?」と訊ねてきた。

「別にいいよ。それより、厨房へ案内してくれないか?」

「・・・閉店後なら」と言うので

「じゃあ、僕は、君の友達で、コックの見習いをしたいんだって、店長さんに言っといて」
と心にもない提案をした。

「はい・・・」
渋々ながら、返事をすると、岡崎は「気をつけて下さいね」と言って、立ち去った。

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10分後、また岡崎がやって来た。

ケイコに指名が入ったので、僕につくホステスをチェンジするとの事だ。

「いいよ、別に。ちょっと一人で飲みたいし」

キャバレーで一人飲みしてる僕のことを、他の客が嘲笑している空気を感じる。
「バーじゃあるまいに」とでも言いたいのだろう。

確かに変だけど・・・間もなく、この時代から消える身としては、どうでもいい。

ただ、前方から、単なる嘲笑とは違う視線を感じた。少なくとも好意的なものではない。

僕は、目を逸らさず、その視線の先を真っすぐ見つめ返した。

「あちらの方がお呼びです」

岡崎に案内され、鋭い視線を送ってきたグループのテーブルへ向かった。

「どうぞ、お座り下さい」

リーダーらしき初老の男が穏やかに着席を促すと、強面の男達が僕を取り囲むように起立する。

明らかにヤクザ組織の面々と思われる輪の中で、酒を飲まなければならなくなった。

初老の男の左横に座り、タバコに火をつけると、この状況をどこかで楽しんでいる自分がいた。

いざとなりゃ、思いっきり暴れて、どさくさ紛れに厨房の奥の扉から脱出しよう。
そう考えると、一人酒しながら、いろいろ考えるより、かえって気が楽になった。

見ると、さっきのケイコが寄り添うように初老の男の右隣に座っていた。

さて・・・ 面白くなってきやがった。

「アンタ、オレを呼んだ理由は何よ?」

僕が問いかけると、強面の男達が一斉に立ち上がる。
初老の男は、それを制して、名刺を差し出した。

「神戸芸能 代表取締役」の田岡・・・か。
って、やっぱり誰だ、アンタ? オレをスカウトしようとしてるようには見えないが・・・

「いや、こいつは、いい歌い手でね」

ケイコは、間もなく神戸芸能に所属する歌手としてデビューすることになるそうだ。

だったら、何でキャバレーなんかで働いてやがる?
心の中で、そう呟いたが、そんなことは今のオレには関係ない。

「君、ナリが垢抜けてるね。音楽やってそうだけど、曲とか作るの?」

田岡は、僕の長い髪と変わった服装を見て、何かしらの興味を持ったようだ。

「こいつが、さっき、ちょっと影のある、お客についたって言うもんだからね」

Ho! まさか、昭和歌謡の世界にデビューかよ? ・・・くだらねえ。

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圭子(ケイコ)は中学卒業後、いわゆる集団就職で上京し、繊維工場で働いていたそうだ。

そこで知り合った男がギターの流しをするのに便乗し、場末の酒場で歌い始めたという。
そんな中、たどり着いたキャバレー「ロンドン」での歌唱を認められ、現在、デビューに向け準備しているとの事。

そんな話を半信半疑で聞いていると、田岡がやや真剣な面持ちで切り出した。

「自作の曲を収録したデモテープを郵送するか、ここの岡崎に渡すか、してくれ」

こちらは、まるで興味ないのだが・・・

圭子のデビューにあたり、作詞・作曲をする人材を探しているらしい。
と言ったって、まともな会社であれば、作家の方から応募がありそうなものだけど・・・

「あの・・・コックやりながらでも、いいですか?」

「・・・料理に興味があるのかい?」

田岡は、僕のロン毛を眺めながら、不可解そうに訊いてきた。

「ええ・・・まあ、音楽は趣味みたいなモンですから」

つーか、僕は早く、厨房の奥の扉を開けたいだけなんだけど。

田岡は、岡崎を呼び、僕を厨房へ案内するように言った。

田岡は「ロンドン」で店長よりも上の立場にあたる総支配人だったらしい。

ともあれ、岡崎に厨房を案内してもらうフリをしながら、奥にある扉を発見することが出来た。

もちろん、料理長の話など、上の空だ。

さて・・・ 行くとするか。

岡崎とは暗黙の了解で、その扉から脱出した。

すると・・・ やはり、あの階段があった。

間違いない。

ここを上れば、2011年のNo smoking hotelに戻れるはずだ。

周囲を這い回るドブネズミのことなど、今は気にならない。

岡崎に軽く手を振ると、僕は、21世紀へ続く階段を登った。

(18)

長い、長い階段をおよそ15分、登ると大きな壁の穴が見えてきた。

そう、僕が開けてしまった壁の穴だ。

忍び足で、穴の向こうに侵入する。

まるで泥棒にでもなった気分だ。
いや、実際に一般人の目からは泥棒に見えることだろう。

幸い部屋には誰もいない。

だが、僕の荷物はすでに撤去されている。

それもそうだ。すでにチェックアウトの日は過ぎているんだから・・・
おそらく、ホテルのフロントで預かっているのだろう。

部屋を出ると、壁の穴に対する賠償金は覚悟の上で、エレベーターに乗った。
フロントのある2Fのボタンを押し、扉が閉まると、エレベーターは、ゆっくりと降下をはじめた。

しかし、いくら最上階からでも、5分は長すぎる。

故障かな? ここでは、たまに、あることだけど・・・ 閉じ込められたら、たまらない。

そっちの心配もあったが、心の奥底では、もう一つの懸念が芽生え始めていた。

「まさかと思うが・・・」

今さら、もう驚かないが・・・ 一つだけ予想に反したことがあった。

エレベーターのたどり着いた先・・・ そこは、遠い昔の東京ではなかった。

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