時間旅行の世紀 第六章

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「ブルジョワの追放なくして革命は終わらない。そのためには武装蜂起もやむなし」

レーニンの扇動により決行された十一月革命によって、ソビエトという名称を冠した国が誕生した。

いわゆるブルジョワ層にあたるマリアの一家は、身の安全のため、遠く離れたシベリアの地に移住することになった。

やがて、ソビエトが否定する反体制派の芸術家たちもやって来て、イルクーツク郊外の寒村は芸術家村に生まれ変わった。

芸術家村の夏の短い夜が明けようとしていた。

足の悪いアナスタシアだが、まだ26歳。女としての人生を放棄するには早すぎる。

そういえば、彼女の夫のセルゲイは、イルクーツクで日本軍の捕虜になっているらしい。

日本軍? そう・・・この時期、革命後の内戦による治安の乱れを正すための国際貢献という名目で、日本軍によるシベリア出兵が行われていた。

日本は、先の日露戦争での勝利の結果、朝鮮(現在の韓国と北朝鮮)における権益を確保した。

ところが当時、ロシアの支配下にあった満州(現在の中国東北部)のハルビンを元内閣総理大臣の伊藤博文が訪問した際、鉄道駅で韓国人青年に暗殺された。
この事件を口実に日本は、朝鮮を併合。事実上の植民地とした。

さらに第一次世界大戦でドイツの植民地であった青島(チンタオ)を攻略すると、その勢力を満州からシベリアにまで広げようとしていた。

しかし、そのセルゲイは怒るだろうな・・・
留守中に子供を手なずけ、妻と夜を明かす外国人の存在を知ったら、気が狂うかもな・・・

彼の立場になれば、あまりに非情な現実だと思う。

しかし、悲惨な運命は僕だって同じだ。
あるいは、それ以上かもしれない。

こっちは捕虜と違って、戦争が終ったところで帰るアテなんてないんだ。他人の不幸に同情する余裕なんてない。
だいたい、夫だとか妻だとか、人間を勝手に所有物にするなよ。

「罪を犯せば罰を受ける。でも、罪を犯さなくても罰を受ける」

どのみち、それが僕の人生だ。

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浜百合が咲いているところを見ると、どうやら、僕は、海に来ているらしい・・・

悪い夢を見ているようだった。

うなされて、目覚めると・・・

「少しは良くなったかな?」

見覚えあるような・・・ないような女性が訊いてきた。

おそらく、また時間旅行に連れ出されてるんだろう。

「ここは何処?」と訊いてみると、彼女は「横浜」と答えた。

「もうすぐ帰ってくるから、待ってて」

誰が帰ってくるんだ? なんとなく想像つくけどね・・・

ヨーグルトで栄養補給しながら、ぼんやりしていると

「おう、帰ったぞ」と黒縁メガネをかけた男が部屋に入ってきた。

「ああ、やっぱり」と思いながらも、その男の名前が出てこない。
センスのないメガネで老けて見えるが、二十歳そこそこだろう。確か・・・ケンだったっけ?

2011年のNo Smoking Hotelの地下室で出会い、昭和の東京から横須賀まで旅したアイツだ。

でも、あの時はメガネなんて、かけてなかったけど・・・ まあ、いい。

「浮浪者にしちゃ若いし、身なりもいいから、誰かと思ったら、兄さんでさあ」

どうやら、夜の海岸で気絶していた僕をアパートまで運んでくれたようだ。

「パパ、そろそろ行かないと」

同居の女性に促され、彼は洒落た服に着替え、何故か僕も、土曜の夜の街へ繰り出すことになった。

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米軍キャンプ跡地にあるナイトクラブで今夜、Dance Party があるらしい。

この二人も数ヶ月前に、ここで知り合ったそうだ。まあ、昭和の青春ってやつか・・・

自由にタバコが吸えるのはいいんだけど、人が多すぎて、落ち着かない。
21世紀の世界でも、夜遊びが好きじゃない僕は、すぐに居心地が悪くなってきた。

でも、アルゼンチン・タンゴとか、切なくも情熱的な音楽には惹かれるものがある。

ケンが友達を連れてきた。

「お久しぶりです」 確か・・・ キャバレーでボーイをしてたオカザキだ。

この数年間、何があったのか訊きたかったが、この雰囲気では、じっくり話をするのも難しい。
まあ、どうでもいいんだけど・・・

夜11時あたりに、ケンのガールフレンドは家路についたが、他の連中は帰る気配がない。

彼が送りに行くと言った時、僕も一緒に脱出したかったのだが・・・

「すぐ戻るから、待っててくれ」と言われ、タイミングを逸してしまった。

僕は、夜が好きだ。

暗闇に揺れるキャンドルの炎を見つめながら、静かにワインを飲むのが好きだ。

でも、居酒屋とかクラブとかカラオケでワイワイするのは好きじゃない。
だって、人々は酔っ払い、まともに話しも出来ない。一言でいえば「くだらない」

夜の街では、心を落ち着けるために「軽く」飲むことは難しい。

僕は表向き、社交的な人間であるが・・・ 酒に酔って、いい加減な人間関係を築くのは嫌だ。

特に友人(知り合い)にキャバクラなんぞに誘われるなんて冗談じゃない。何の関わりもない初対面の女と話すことなんてない。

それで癒されるとか言う奴をいちいち否定しないが・・・
30歳前後の男性が集まると「ノー」と言うことが、変なことのように思われるから不思議だ。

話が脱線してしまったが、正直、ひょんなことで知り合った遊び人風の連中と朝まで飲むなんて無理だ。

もっと若ければ、自分の知らない世界への興味もあったかもしれないが・・・
世界中を旅して磨耗した心には、それが小さなことに思える。

何とか帰る口実を考えていた。

でも・・・ 何処へ帰ればいいんだ?

何処でもいい、2011年に帰らなきゃ。このままじゃヤバイ。仕事だって、たくさん抱えてるんだ。
2011年が無理なら、1920年代のロシアでもいいか・・・

でも・・・ どうやって?

今まで何となく、時代を行き来してきたけど、その仕組みがわからないんじゃ、どうしようもない。

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