時間旅行の世紀 第三章 

(10)

「Cherry」 聞き慣れないパッケージのタバコだな・・・

彼に勧められたタバコに火をつけ、肺に吸い込んだ。

「ゲッ」 何だ、これは?

「旦那の口には合わんかのう」

そりゃ、そうだ。パッケージのニコチン表示を見ると18%って書いてあるじゃねえか!

まあ・・・ それでも、お返しに、僕のタバコを彼に勧めた。
僕が愛煙する銘柄は、ニコチン、わずか1%のメンソールだ。

「ハッカか?それに、これ、タバコかい?」

怪訝そうに訊く彼を、逆に僕の方が怪訝に感じた。

そんなマイナーなタバコじゃないんだけど・・・少なくとも、日本では。

そーか・・・ 彼は、欧州に住む日系人か何か、なのかもな。

ともあれ、一服、終えると彼は歩き出した。
よく、わからないが、彼の向かう方向に続くと、ある異変に気がついた。

・・・おかしい。ホテルにチェックインした時と街の風景が違っている。

看板も、英語でもキリル文字でもなく、日本語だらけだ。
こんなところに「リトル・トーキョー」なんて、あったっけ?

だいたい何で、この男は、俺を連れているんだ?
今まで、慌しくて、訊けなかった疑問が、ふつふつと沸いてきた。

「そういえば・・・」と言いかけた時・・・
「走るぞ!」と言うなり、ダッシュを始める彼の後ろを、意味もわからず、追いかけた。

そもそも、何処へ向かって、どれくらい走らなきゃならないかも解からないから、ひどく疲れる。

少なくとも、5分は走っただろうか? 気がつくと・・・何やら、怪しげな路地裏に入り込んでいた。

(11)

これ以上、コイツのペースに乗せられると、何か悪いことが起きる気がする。

「オマエ、誰なんだよ?」

僕が唐突に訊ねると、一呼吸、置いて、まじまじと僕の顔を見つめる。

ちょっとイラッときた。「俺の顔に何か付いてんのか?」

「いや・・・綺麗な顔だ」 何だ、いったい? 奴はゲイかい?

「傷ひとつない。随分、回復、早いんだな?」

何のことだ? さっきは、壁を殴りつけたわけで、俺が殴られたわけじゃない。

月明かりを頼りに彼の顔をよく見ると、頬のあたりが腫れている。

「でも・・・強えんだな、あんた」 本当に何のことだ?

「だってよ・・・ ヤクザ者相手に、あんな立ち回りするなんざ、あんた、何者だい?」

逆に質問してきやがった。

どうやら、彼は、ヤクザと何か揉めていたらしい。
そこに、僕が助太刀して、一緒にヤクザ共をぶっ飛ばしたそうだ。

だから、今、こうして逃げているって・・・ 冗談じゃねえぞ。
何の因果で、こんなワケわかんねえ奴と逃亡しなきゃならねえんだ?

「オマエ、家どこよ?」

「深川」と答えた彼に苛立って、少し強く訊ねた。

「日本の家じゃねえよ。今、住んでるとこは、どこかって訊いてんだ!」

かなり怪訝そうに、彼は、ボソッと再び「深川」と言った。

一瞬、時間が止まったような重たい空気が流れ・・・ 僕は悟った。

彼は、嘘は言ってない。

なぜなら、ここは東京の何処かなのだから・・・

僕が今、何故、東京にいるのかは全くわからない。

「ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る」 数人の酔っ払いが歌いながら、通り過ぎる。

少なくとも、カレンダーは狂っていないようだ。頭の中を整理するのは、ひとまず落ち着いてからにしよう。

ジングルベルに、街が浮き足立った夜・・・ 互いに、まだ名前も名乗っていない男が二人、深川へ向かっていた。

(12)

殺風景な部屋だった。

3畳ほどのスペースに、ちゃぶ台があるだけの部屋。それをさらに狭くしてるのが、窓際の勉強机だった。

机の上を見れば、彼が、何かを勉強している学生さん?であることが想像できる。

そのことは、あえて訊かずに本題に入った。

どうやら、例のヤクザ者との関係は、一緒に上京した少年つながりだったようだ。

オカザキという、その少年は、もともと優しい性格だったが、東京に出てきてから、すっかり変わってしまったらしい。
彼は、オカザキ君を助けるために、浅草へ行き、そこでヤクザ者と揉めることになったとの事だ。

「浅草だったのか・・・」

理由は依然として不明であるが・・・
東欧のホテルの地下へ続く階段の向こうに、昭和の時代の浅草があったということか。

それは面白い。もしも、帰れるアテがあるならな。

彼は、岡崎という少年に絵の才能があったことなど話していたが、僕は「その前に自己紹介しろよ」と思いながら、聞いていた。

「で、その岡崎って奴は信用できんのか?このアパートの場所も知ってるんだろ?」

僕の問いかけには答えず、彼は、たいして多くない荷物をまとめ始めた。

何とか荷物を大きなボストンバック一つにまとめると、唐突に頼んできた。

「これ、持ってくれ」

「ふざけんな。自分の荷物くらい、自分で持てよ」

「すまんが、ワシは、あの机を運ぶから」

訊くと、窓際の勉強机は初秋の頃、田舎の父親が贈ってきたものだから・・・と照れくさそうに答えた。

柄にもなく・・・と思ったが、案外、この男は悪い奴じゃないのかもな。

部屋を出る前に、彼は一言「ありがとうございました」と置き手紙をして、ドアを閉めた。

「静かに。他の部屋の人、寝てるから」

念のため、東京駅ではなく、品川駅から始発に乗ろうということになり、僕らは真夜中の湾岸エリアを歩き続けた。

「もう26日か・・・ 今年のクリスマスも終わりだな」 

そう彼が呟くと、僕は、21世紀の遠い国から来たことを思い出した。

不安と怒りが入り混じった感情が交差したが、別に彼を責めたって、どうにかなるわけでもない。

品川駅から、僕らは、東海道線ではなく、横須賀線に乗った。

横須賀で降りると、とりあえず、海沿いの民宿に泊まることにした。

机を抱えた彼を見て、宿の主人は不可解な顔をしていたが、特に文句を言う様子はなかった。
それどころか、チェックアウトまで、机を預かってくれると言ってくれた。

「おもてなし」の心か・・・ この数年間、1年の半分近くを海外で過ごしていた僕には、心に染み入る気遣いだ。

(13)

翌日は、みぞれ混じりの雨だった。

仕事を探しに横須賀市内へ出たが、年末のせいか、なかなか取り合ってもらえなかった。
それでも、彼は、あきらめずにアルバイト募集の貼り紙のある店や工場を廻っていた。

僕はと言えば・・・ 途中で疲れて、一服している次第である。
もっと言えば・・・ ぼんやり、煙草を吸いながら、頭の中を整理しているところだ。

街を行きかう人々は、忙しげに年越しの準備をしているようだ。
もっとも、僕だって、意味もわからず忙しい。少なくとも頭の中は。

それにしても・・・ 路上で喫煙してても、何も言われないのは心地良い。

僕が暮らしていた21世紀の日本では、街の中心部で自由にタバコなんて吸えない。

所々、喫煙所が設けられてはいるが、狭い空間に人と煙と充満していて、どうも好きになれない。
さながら、ニコチンへの渇望を満たすための公衆便所といったところで、とても考え事をするムードではない。

それに比べて、どうだろう。
(僕にとっては新鮮な)昭和の師走の風景と共に一服する心地良さは・・・

2本目のタバコに火をつけると、ようやく少し冷静になれた。

彼が悪い奴ではないことは、何となく理解できる。

しかしだ。親子でもない限り、通常、人間関係は Give and Take で成り立っているものだと僕は思う。
この数年間に起こった出来事が、僕をそういう考えに導いた。つまり、悟ったって感じかな。

そうだ、彼からは何も受け取っていない。

・・・帰ろう。昨日、3日分の宿泊費を払ったんだから、(彼は)あと2日間は、宿にいられるはずだ。

別に見捨てるわけじゃないし、そんな義理もない。
それに僕は、もといた場所に戻る必要があるんじゃないのか?

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